「哲学の道 いま」

 

桜や紅葉の季節には多くの観光客で賑わう哲学の道。しかしこの道の魅力は京都の街中の喧騒から離れて、四季折々また時刻によって変化する風景や光を楽しむことではないでしょうか。
 東山の麓、水の流れる音を聞きながら静寂を感じ、思索する道、散策する道として多くの文人たちが愛したこの哲学の道を、近くに住まう人は疏水縁(べり)の道、哲学の小径(こみち)と言われます。民族や宗教間の対立が深まり、21世紀をリードした近代西洋文明に代わる新しい価値の創出が求められている今、先人に学びながら、人生を考え構想する小径を“場”として、哲学の道を再考したいと願っています。
 

【趣旨】

哲学の道―

と聞いて、なんと難しそうな、それでいて人生の深いところに導いてくれる心地よい響きがあります。

この道の近くに法然上人ゆかりの法然院というお寺があります。そこの梶田(かじた)(しん)(しょう)貫主が「法然院に拠り所を求められている人が何年後かに来られた時、がっかりされるのも不本意ですし、その人にとっての存在意義が何らかのかたちで継続していれば、それでいいと思っています。原風景ですよね。この辺りに昔暮らしていた人が、戻ってきたときに、法然院がそのままあって“ただいま”といえるようにする」と語っておられます。

京都の東山山麓に流れる琵琶湖疏水の分線に沿って北の銀閣寺から南の若王子橋に至る2キロの小路(こみち)が「哲学の道」と呼ばれています。かつてここには哲学者の西田幾多郎をはじめ橋本関雪画伯ら文人、画家らの邸宅が集まっていて思索や散歩道として親しまれてきました。

この道の南端にあった南画家、()能村(のうむら)直人(ちょくにゅう)の蔵を拠点にする若王子倶楽部(代表 長谷川和子)は「欧米追従型からの展開が求められる今こそ、日本人が戦後忘れてきた“あたりまえ”を見直すことが大切ではないか。その“あたりまえ”の暮らしから生まれる日本人としての生き方や考え方を基にした思索から次代の価値が生まれるのではないか」という問題意識をもっています。

若王子倶楽部は「今こそ、この地にジャンルや肩書きを越えて、人カが集い、さまざまな視点から古今の日本を見つめ、考え、語り、気づきを導く場として発信していきたい」と新たな活動を始めます。

 

そうです。

哲学の道の名のもとに集い、語り、時には美酒を酌み交わし、「いま」の存在意義を考え、時には活動していくのが「哲学の道 いま」です。いまを起点に過去にも未来にもウイングを広げながら哲学の道の空間に身をゆだね癒しも求めていきます。

そこには哲学の道の住民はもとより、関心のある人、問題意識を持っている人、あるいは観光の人、知りたい人、それは分野や国籍を問わず、参加することに意義があるひとたちが考え、交流する空間であってほしいという願いがあります。

 

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